打ち込まれた楔

 北方領土問題を利用することを考えてみる。以下、雑だが考察。


 政略として、北方領土問題を解決させず、ロシアを中央集権的性格の維持による弊害で衰弱させる。
 日露双方とも南千島の主権を維持したいことを利用すれば、問題を長期に渡って存続させることは容易だろう。ロシアの中央政府はこの問題の為に辺境地帯に関与し続けることになる。それにより、中央集権と中央から地方への強い影響は維持され、地方分権型の効率的な発展を阻止する余地があるのではないだろうか。

 モスクワとその周辺部からシベリアを通過してクリル諸島に至る長大な線は、恐らく、その下に置かれる10個の時間帯に及ぶ広大な領土にとって有害となるだろう。それ自体の維持が大きな負担となるばかりではない。地方だけでは維持できない領土の存在は、モスクワを中心とした政治体制を必要とさせ、分権化を阻止する。規模が大きく且つ多様性に富むロシアを画一的に纏めれば、国民の活力と創造性、そして豊富な天然資源は本来の働きと効果を十分に発揮しない。さらに、外部からの圧力に対する抵抗としての軍事プレゼンスを強いれば、中央集権的な性格を強化する動きにつながり、それによる弊害がさらに地方の弱体化を生む悪循環に陥ることになる。日本側が問題の矮小化を拒絶して危機感を与え、ロシア側の態度を度々強硬にさせれば、安全保障上の動機により経済を後回しにさせることになる。ここまでは困難無く推移するだろう。

 ロシアの最東端に圧力をかければ、振動が伝播する様にカザフスタンコーカサスバルト海沿岸、カレリア地峡、ウクライナ・東欧との境界に、僅かではあっても影響が波及すると思われる。北方領土問題に関してロシアが容易に妥結できないのは、そもそもそれが各辺境を動揺させる端緒になりかねないからだ。このことは利用する価値があるのではないだろうか。それぞれに事情の異なる問題だが、アメリカなどでその正否が疑問視されつつあるヤルタ体制に依拠して旧ソ連が勢力下に置いた面が各々少なからずあるようだから、発火点としては申し分無い。既に相当の犠牲を強いているチェチェンなどの地域もある。あれほど苛烈にならなくても、ただ悪化してくれるだけで十分である。
 さらに、ロシアの性格に帝国主義を残すことができれば、それはロシア国民が帝国再建の為に動員される余地を残すことになる。これは、現行の経済制度にそぐわないし、明らかに過重な負担だろう。だからこそ、旧ソ連・ロシアの領域における地政上の多元性を封殺させ、帝国主義の誘惑にかられるように仕向ける。
 帝国主義の過去と決別することは、欧米との関係を向上させる為に不可欠であると思われる。帝国主義的性格から脱し切れないロシアは、欧州には受け入れられないだろうし、ユーラシア中央部でも信頼を得られずに国力を空費し続けるだろう。欧州とも、ユーラシア中央部とも、そして太平洋側とも切り離されれば、経済的な交流が停滞して思う様に経済開発が進まない。


 モスクワの中央政府によって、つまり彼ら自身の手で各地方の潜在力を抑圧させ続ける。広大な領土において中央集権的性格を維持させ、活力を奪う。その結果として、ロシアの近代化を遅延させ、またそれらの政略によって、適度に影響力を失うまでロシアを弱体化させる。

 それによって何が得られるだろう。例えば、中国を南下から北上へ誘導することなどはそれに当らないだろうか。シベリアの天然資源は彼らの最も必要とするものの一つであるし、彼らが潜在的に自国の領土であると考える沿海州もある。海洋に向く力は、その分削減されるだろう。ロシアの弱体化は複数個の国にとって誘惑となる。各国の描く世界戦略を攪乱することも、或いはできるかもしれない。

 (4/12 一部修正)